原油市場は、トランプ米大統領によるイラン合意を「戦争懸念の終結」と受け止めている。しかし、ベテラン・トレーダーのオイル価格予測は、この見方は誤りと警告する。
ブレント原油は落ち着きを見せているが、この静けさ自体が次の変動の布石となる可能性がある。先物カーブと現物市場は、同氏の見解を裏付ける形だ。
ブレント原油(BRN)とWTI原油(CL)は、今月に入り米国・イラン間の合意が進展する中で大幅下落した。
JD・バンス副大統領がスイスで交渉を主導し、複数の進展を発表した。両国はホルムズ海峡の開放維持の仕組みを構築した。
バンス副大統領はこの枠組みを「典型的なトランプ流合意」と表現した。凍結解除されるイラン資産の使途は、現金をテヘランに送るのではなく米国産大豆、トウモロコシ、小麦購入に限定されると説明した。
市場関係者はこれら一連の動きを「供給不安の解消」と捉えた。海峡が再開し湾岸産油量が戻れば、原油の戦争プレミアムは消えるとの見方が、直近の下落を後押しした。
ただし、合意にはなお不透明感が残る。トランプ大統領は週末に新たな空爆を示唆し、交渉を一時揺るがせた。
レバノン停戦に関しては、バンス副大統領いわく「進行中の課題」であり、市場はまだ完全に到来していない平和を織り込んでいる状況だ。
ダン・ディッカー氏はこの落ち着きを疑問視している。ベテランエネルギートレーダーの同氏は、原油価格が1か月以内に約75ドルから135ドルへ急騰する可能性を警告する。前提は単純だ。
在庫が回復せず、供給も戻らなければ、現物市場での需給逼迫が急な価格修正を迫る。
ディッカー氏の見立てはリスクシナリオであり、現時点で基準ケースではない。それでも、合意の不調や海峡閉鎖が続けば、市場は平穏から一転、激動に見舞われる可能性がある。今のところ、短期資金は下落継続を前提にしている。
暗号資産市場でも原油取引が開始されている。デリバティブ大手ハイパーリキッドでは、ブレント原油パーペチュアルに実需が入り、ポジションは強く弱気寄りに傾いている。
優れた実績を持つ「スマートマネー」口座はネットショートで約110万ドル規模。著名人・インフルエンサーも一段とショート姿勢だ。戦争時の高値(約110ドル)でショートしたクジラは、およそ40万ドルの利益を確保している。
ロング・ショート間の資金調達費(ファンディングレート)は年率10%近いプラスにとどまる。すなわち、原油安でもロングは維持コストを払い続けている。強気派は圧迫されているが、ポジションを諦めていない。
しかし弱気派にも課題がある。このパーペチュアル市場は規模が小さく、未決済建玉は約1億4000万ドルに過ぎない。短期ショートカバーがあっても、価格が動くのはパーペチュアル内に限られ、世界のブレント原油市場には波及しない。
実際の価格決定は現物・先物市場が担う。オプション市場は、より分かれたセンチメントを示している。
米国の「United States Brent Oil Fund(BNO)」は、ETFを通じてブレント原油を取引できる。BNOのオプションはセンチメント指標として有用だ。プットコールレシオは、下落期待(プット)と上昇期待(コール)のバランスを示す。
1未満ならコール優勢=強気傾向を意味する。
今週は読みが分かれた。新規オプション売買は慎重化し、プットコールレシオが0.06から0.32へ上昇。ブレント下落に合わせて、トレーダーが先回りで下方保険を購入したかたちだ。
一方、既存ポジションは逆の動きを示した。オープンインタレストベースのプットコールレシオは0.09から0.07へ低下し、コール偏重が一段と強まった。
このギャップは「撤退」ではなく「ヘッジ」だ。既存ロングは維持されたまま、新規資金が保険を買い足した構図。強気筋は下落転換ではなく、利益確保を重視している様相だ。現物市場が最も明確なシグナルを放っている。
ブレント先物カーブは「危険なし」を示していない。直近限月のブレントは、次限月よりも依然として高値で取引されている。この状態は「バックワーデーション」と呼ばれる。
バックワーデーションは、買い手が現物原油を将来より高値で今購入することを意味し、供給が逼迫している典型的なサインである。このスプレッドは2023年12月以来最小水準まで縮小したが、供給過剰を示すマイナスには転じていない。現物市場は依然として原油が不足していることを示している。
予想市場も同様の見方で、ダン・ディッカー氏が示すホルムズ海峡封鎖リスクと一致する。カルシ取引所では、トレーダーがホルムズ海峡の交通が9月までに正常化する確率を約51%と見込んでいる。
完全な安心感は2027年まで到達しない。このタイムラインは米エネルギー情報局(EIA)の見通しと一致しており、同局は同港湾の航行再開が第3四半期、原油生産が2027年初頭までに回復すると予測する。
備蓄も減少している。米国の戦略備蓄石油は先週910万バレル減少し、3億3120万バレルとなった。これは1983年以来の低水準。
新たな価格高騰の緩衝材となるはずの備蓄は、補充されず縮小している。これもディッカー氏の指摘する原油論と整合する。イランは独自の圧力も強めており、現在、ホルムズ海峡通過船舶に保険加入を義務付ける方針を示している。戦争リスクが後退しても、原油価格の底堅さを支えている。
原油価格の天井を指摘したトレーダーの動向にも注目したい。ナンセンによれば、同氏は110ドル台からショートを仕掛け、現在大きな含み益となっている。このエントリーは市場の本音を示す生きた指標である。ショートポジションが維持される限り、大口投資家は依然として原油安を予想している。
このポジションをクローズする動きが、弱気予想の崩壊を示す最初のサインとなる。
一方でロング勢も資金調達コストを払い続けており、強気の買いは根強い。供給逼迫が再燃し、ロングポジションが的中すれば、135ドルは警戒ではなく次の到達点となる。次の手掛かりは水曜日の米在庫統計となる。
大幅な在庫減となれば、原油価格上昇派の追い風となる。一方、予想外の在庫増なら「平時回帰」シナリオに根拠を与える。
